不妊治療体験者の声アーカイブ - 不妊症解消ステップ講座

結婚したら1日も早く子どもがほしい。

こんな私の願いとは裏腹に、まる1年がたっても、妊娠の兆しはありませんでした。それで一度は産婦人科で簡単な検査を受けましたが、特に問題はなく、そのうちにできるだろうと、
私ものんきにかまえていました。

それから2~3年たっても妊娠しません。再び病院へ。

今度は子宮筋腫の診断を受けました。でもまだ28歳のときです。子宮筋腫の診断を受けても実感はなく、そのままほおっておきました。
でもいよいよ30代の大台を迎え、気持ちは焦ってきました。

おなかを切るなんて怖い。
もし手術が不成功に終わったら・・・。と思うと、どうしても手術を受ける決心がつきませんでした。

そうこうするうちに、年齢だけは確実に高くなっていきます。
私はもう35歳になっていました。結婚からは9年がたっていました。
今ならもう一度挑戦するだけの時間は残されている。

40歳までは、できるだけのことにチャレンジしよう。
そう心に思い決めました。

不妊症に悩む私には、「体外受精」にチャレンジしてでも
母になりたい・・・気持ちがよくわかります。まして、今一児の母になってみると、さらに強く、体外受精に挑戦してまで子どもがほしい、そう思う気持ちがわかります。
それほどまでに子どもをもつことは素晴らしいことです。

検査の結果、やはり、子宮の筋層内に握り拳大の大きさの筋腫があるとわかりました。
筋腫のこぶだけをとる筋腫核出術を受けることになり、初心か
ら2ヶ月あまりたって、さまざまな検査が終わった時点で手術を受けました。いちばん大きな筋腫は202グラム。手術時間は約2時間だったと思います。
通水治療にほとんど痛みを感じなくなったころ、私は妊娠に成功しました。卵管が通りやすく、妊娠しやすくなっていたのだと思います。

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今、子どもは一歳半になりました。
ついこの間までは「子どもを連れ電車に乗って出かけたい」昔からの私の夢は夢のままでした。でも今、それが現実なのです。

私は一足先に母親になりましたが、まだたくさん治療中の「後輩」がいらっしゃることでしょう。
そんな後輩たちに、先輩としてぜひひとこと伝えたいのです。

ほんとうに通院治療は大変です。
診察の順番をとるために朝早くでかけ、編み物をしたり、本を読んだりしながら診察の順番を待ちます。おとなりにいる方がどんな状況かわからず、話しかけるもの失礼かとつい口をつぐみます。

待合い室にいる方々、皆さんそれぞれにつらい思いや不安をかかえているのがわかります。そして、妊娠を告げられたのでしょうか。

笑顔で診察室を出てくる方をみると、嫉妬の心さえ生まれます。
そんな心の揺れがあっても、でもあきらめることだけはしないでくださいね。


25歳で結婚しましたが、子どもができないのはどうしてかな?と、不安に思うようになったのは、結婚後2年めのころです。

そのころ、月経が遅れ、やっと妊娠したのかと、産婦人科の診
察を受けました。ところが、妊娠の検査とは裏腹に、一度不妊の検査を受けるようにすすめられてしまったのです。

姉の紹介で診察を受けに行きました。
私の方にも月経不順や着床しにくいということがありましたが、夫の精子数が少ないということは、そのころからわかっていました
やはり、夫は相当ショックを受けた様子でした。

私たち夫婦の場合99回も人工授精を受けたのです。
人工授精99回というと、とても熱心な患者のようですが、途中には
惰性になった時期もあります。

「今度もどうせダメよ」と半分あきらめながら受けていた時期もあります。夫婦2人の生活もいい、子どもはいなくても夫婦仲良く暮らしていこうと、夫とよく話し合いもしました。

でも40歳まではチャレンジしてみよう。
心の奥ではこう決心していました。

ただ、私たち夫婦の場合には、普通の体外受精では無理とわかっていました。顕微授精で受精させてもらうほかほ右方はありません。
30代の最後に顕微授精に2回挑戦し、それでもダメだったら、40歳
からの人生を、子どものいない生活を、設計しようと。

2回目の顕微授精から2週間後、尿検査で
思わず「ほんとうですか?」
私の疑わしそうな言葉に、先生が、陽性を示す試験紙を見せてくれました。

お陰様で、第1子男児2016g、第2子男児2193g、第3子女児1494g。みんな、元気なうぶ声をあげて生まれてきてくれました。子どもたちは全員保育器に入ったので、私がゆっくり面会できたのは歩いて新生児室にいけるようになった産後4日めでした。
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今、父42歳、母39歳、10年間、夫婦で頑張った証しの子どもたちは、
みんな、天使のようにかわいいですよ!

子供が欲しいということは、夫婦のあいだで一致していましたから治療については全部、2人で合意していました。

「子供がすべて、子供がいなければ幸せはない」とは考えていませんでしたし、夫婦2人だけでも十分に楽しんで人生を生きることができると思います。でも、やはり、子供は欲しかった!

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落ち込んだときにアタル相手は夫しかしません。夫はひたすら「はい、はい」と受けとめてくれていました。
私の場合、1回の採卵で36個も卵子がとれたのです!思わず、こんなにとれるなんて「私は鶏?」と思ってしまいました。

そんなわけで、受精卵を凍結保存することができました。凍結することに不安がないわけではありませんでしたが、凍結受精卵があると思うと、精神的にも肉体的にも楽でした。
たとえば、朝、血液検査や尿検査をして、その日の午後に体外受精をすることもあります。うまく採卵できるとは限りませんし、夫のほうのタイミングもありますし、受精できるとも限らないわけですから。

こうして、体外受精へのチャレンジ4回目にやっと成功しました。

普段は冗談をポンポン言い合う夫婦ですが、妊娠とわかったときは、
やっぱり大感激。涙、涙の世界でした。

赤ちゃんはある日突然にやってきたんです。!
実は妊娠反応を調べる日の前日、どうしても退院したくて、着替えまでして「帰る」と駄々をこねました。もう、失望するのはいやだったのです。

でも、妊娠反応はプラスに。
まもなく超音波の画像の中で心臓がピコピコ動いたのです。
妊娠とわかった後、流産予防のためや前置胎盤のために入院生活が続きましたが、一滴の出血もなかったので、流産の心配はありませんでした。

でも、1回だけ、出血して早産と言われ、処置を受ける夢を見ました。
やはり不安がいっぱいだったのですね。

帝王切開で出産するその朝まで、トイレに行って出血がないと心の底からホッとしました。

今、治療を受けている方たちは、もう最大限頑張っている人たちばかり。
これ以上「頑張ってね」と、プレッシャーになる言葉はかけれません。
でも、ひとことだけ。「体に気をつけてね!」

環境が自然の排卵をスムーズにした例を一つ挙げておきましょう。

母親に付き添われて来院した大学1年生のお嬢さんでしたが、どのような治療をしてもなかなか排卵が起きませんでした。

ところが、その後、愛する彼と思いきって結婚生活をスタートしたところ、排卵がスムーズに自然に起こるようになって本来の月経も再開し、無事一児のママになりました。
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結婚3年目には二児のママとなられてしまい、私もびっくりしました。幸せな結婚生活は、どんな医学的治療にもまさることがあるのだと、感銘を受けました。

このように自分の周りの環境が変わることによって
自然に妊娠へと繋がるんです。